快活なデビュー・シングル「ラブ・ウィズ・DJ」とともに登場し、ダンスホール/R&Bシンガーとしてのイメージを確立したシェネルは、久保田利伸"Missing"のカヴァーがヒットしたことを契機として、バラード/シンガーとしての新たな可能性を確立した。その路線を踏襲したカヴァー・アルバム『ラブ・ソングス』が好セールスを打ち立てているなか、彼女はいまどんなことを考えているのだろうか? 2週間におよぶ来日スケジュールの最終日、疲れた表情を見せることもなく、爽やかな笑顔でインタビューに答えてくれた。
——ヒット・シングル「ラブ・ウィズ・DJ」を生んだファースト・アルバム『Che'Nelle(Things Happen For A Reason)』から3年経ちますが、その間になにがどう変化しましたか?
「やっぱり、すごく成長したなという気はしています。デビュー当時ほどナイーブではなくなったし、いろんなものごとを知ることができるようになったから。ソングライティングの面でも歌の面でも、すごく充実しているのが自分でもわかります。そして成長がライフスタイルにも反映されて、すべての面で変化したと実感するんです」
——ライフスタイルにはどのような変化がありましたか?
「仕事が増えたことで、自分にも仕事にも自信を持てるようになったと思います。そのせいか、プライヴェートでもすごくハッピーな心境でいられますね」
——安定した精神を保てるということ?
「そうですね、精神的 にも身体的にも落ち着いていられます」
——以前はそうではなかった?
人々はショックジョック考えるか
「というわけでもないんですけど、4、5年前はまだ自分を探しているような段階だったというか……。だから本当の自分の姿を見極めることができていなかったんですけど、それが(デビューすることで)だんだん見えてきたんです。そういう意味では、いまはやっと落ちつきましたね」
——今回の『ラブ・ソングス』は初のカヴァー・アルバムですが、作り上げてどんな感想を持っていますか?
「私は自分の曲を自分で作るタイプなので、他の方の書いたメロディーに合わせて歌うということには、いつもと少し違うフィーリングを感じました。抵抗感があったということではなく、できる限りうまく歌えるようにしようと強く意識し� ��というか」
——いずれにしても、今回のアルバムでひとつの変化に到達しましたね。
「ただ、このスタイルって、私からすれば元に戻ったという感じでもあるんです。というのも、もともとはバラード・シンガーとして活動していましたから、バラードを歌っても以前とかけ離れたことをしているとは思わないんです。バラードは自分の一部ですし、このスタイルが自然な状態なんですよね」
——意外な気もします。
「そうかもしれませんね。実際、(もともとバラード・シンガーだったということを)知らない方も多いですし。特にファースト・アルバムはポップでアップテンポでしたから、ご存じなくても当然だと思います」
——バラード・シンガーとしてはどのような活動を ?
「アジアの人たちって、基本的にバラードが好きじゃないですか。私ももともとアジア出身ですので、子どものころからカラオケでバラードばかりをよく歌ってたんですよ。ただ、もっと幅広くやっていきたいなと思ったので、ある時期からあえてバラードを歌うのをやめたんです。視野を広く持とうと思って、もう少しリズミカルな歌を歌ったり、そういうタイプの曲を書くようにもなったんですね」
それを壊さないことそれらはヘミングウェイを殺す
——バラード・シンガーでは誰に影響を受けましたか?
「セリーヌ・ディオンやアレサ・フランクリン、フェイス・エヴァンス……。あとはマライア・キャリーあたりでしょうか」
——カヴァーの原点は、久保田利伸「ミッシング」の英語カヴァーでしたよね。
「初めてのカヴァーですし、あの曲に関してはすごく実験的な印象がありましたね」
——そもそも、なぜ「ミッシング」を選んだんですか?
「実は2、3年前にカヴァーをしようという話が出た際、私は担当ディレクターに(谷村新司の)"昴"が歌いたいと伝えたんです。父が"昴"を大好きでよく歌っていて、自分で開 いたカラオケ・バーにも『昴』っていう名前をつけたぐらいだったので、私にとってもなじみがあったんですよ。ただ、『カヴァーするには"昴"は古すぎるということで、"ミッシング"が候補に上がったんです。結果的には、それがこのカヴァー・アルバムにまで進んだということですね』
——カヴァーする際には、どんなことを心がけていますか?
「自分らしさを出しながら、それと同時に曲を大きく変えてしまわないように意識することですね。特に、"ベイビー・アイラブユー"と"SAKURA"。この2曲は日本語詞を自分で訳して英語の歌詞を書いたんですけど、オリジナルの意味とかけ離れないように気をつけました。メロディに合わせてきちんと意味を合わせるのがすごく大変でしたし、チャレンジでし� �ね」
——では、カヴァーするために不可欠なことはなんだと思いますか?
「やっぱり、オリジナル・ヴァージョンを聴いて、そこからいろいろなことを感じることですよね。なにも感じることができなければ優れた表現には行きつかないでしょうし、そんな状態だと聴いてくださる方も減ってしまうでしょうから」
——日本語が話せないということですが、そう思えないほど発音がよくて驚きました。
書き込まれたすることはできません詩に向かってノート
「よく言われるんですけどね。でも、私がこれまで話してきたなかでいちばん日本語に近い言語はなにかなと考えてみると、(母国語である)マレー語なんです。だから、そういうことも影響しているんじゃないかなと思います。たとえば"名前"っていうのは、マレーシア語で"ナマサヤ"っていうんです。すごく似てると思いませんか?」
——いずれにしても、歌詞の意味をきちんと理解されているんですね。
「それは大切なことだと思っていますから。たとえば今回は坂本九さんの"上を向いて歩こう"も歌っていますけれど、この曲って海外では"Sukiyaki"というラヴ・ソングになっているじゃないですか。� �も原曲もラヴ・ソングなのか、それともまったく違う意味があるのかをレコーディングする前にどうしても知りたくて、スタジオでスタッフにたずねたんです。すると原曲の歌詞はポジティヴに気持ちを向上させられるような、人を勇気づけるタイプの曲だったんですよね。それでますます、『ちゃんと歌いたい』と思うようになったんです。特に今回は震災がありましたから、報道を見ながら『いまはこの曲を歌うことで元気になってもらう、いちばんいいタイミングなんじゃないかなと思ったんです』
——震災についてはどう感じましたか?
「最初にニュースを見たときは、言葉を失いました。自分ではなにもできないから本当に戸惑ったんですけど、その後日本に来てみて逆に勇気づけられました。みなさん� �節電をしたりすごくがんばってるじゃないですか。その姿を見てると……みなさん、本心を隠すのが上手なのかもしれませんけど、すごくポジティヴに見えて安心したんです。人生は前に進んでいくしかないものですし、本当にがんばっていただきたいと願っています。そして、被災地が一日も早くもとに戻るように本当に祈っています」
——そういう状況に対して、アーティストとしてできることとはなんだと思いますか?
「もしも私が億万長者だったらたくさん寄付もしたいんですけど、いまの私には自分の才能を使うことしかできません。ですから、アルバムを通して曲を捧げることしかできないですよね。でも音楽はパワフルなものですから、そこに込められたメッセージがみなさんの心に残ってらえればうれしいと思います」
——ここはひとつの分岐点だと思いますが、今後アーティストとしてどう変わっていきたいですか?
「今回のアルバムでいろいろな好機が訪れるんじゃないかと思ってますし、エンタテイナーとしても幅が広がると期待しています。ファンの方々が増えていることも感じていますので、みなさんの期待を裏切らないように、気持ちを引き締めてアーティストと しての成長を目指したいと思います」
——具体的には?
「ソングライターとして、もっと他のアーティストに曲を書けるようになりたいと思います。過去にレオナ・ルイスに曲を提供しましたけど、アルバムを提供しているわけではないし、もっといろんなアーティストに提供できるようにがんばっていきたいなと思っています」
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